東京高等裁判所 昭和27年(う)260号 判決 1952年4月09日
控訴人 被告人 星山三郎又は星山春吉こと都在衡
弁護人 芳井俊輔
検察官 横川陽五郎関与
主文
本件控訴はこれを棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人芳井俊輔作成名義の別紙控訴趣意書と題する書面記載の通りであるから、これを本判決書末尾に添附しその摘録に代え、これに対し次の通り判断する。
論旨第一点について。
原審第二回公判調書に依ると、原審第二回公判期日において被告人並に弁護人出頭の上証拠調が行なわれ、先づ検察官がその請求にかかる証人鈴木基三を尋問し、同証人が答えている最中に被告人は同証人に対し「はつきりしろ」と大声で怒鳴りつけ裁判官が再三制止するにもかかわらず、証人が答を続けようとするとその都度三回も証人に怒声を浴びせたので裁判官は被告人に退廷を命じ、被告人が退廷した後同証人は答を続け、検察官の尋問を終り、次いで弁護人が同証人を尋問し、更に裁判官の尋問があつた後、裁判官は尋問終了の旨を告げ、被告人を入廷させたが、被告人に同証人の供述の要旨を告げなかつたことを認めることができる。しこうして憲法第三十七条第二項は刑事被告人に、すべての証人に対し審問の機会を充分に与えなければならないことを規定し、刑事訴訟法第三百四条、刑事訴訟規則第二百三条も亦、裁判長は訴訟関係人に証人尋問の機会を与えなければならないと規定していること所論の通りであるが右のように被告人が証人尋問の機会を与えられるべき状況にあつたにもかかわらず、請求者である検察官の尋問中に、その証人に対し大声で怒鳴りつけ、裁判官の制止をきかないで再三怒声を浴びせて尋問を妨げたため裁判官が法廷における秩序維持のため、被告人に退廷を命じ、被告人が退廷したような場合は被告人自ら、その証人に対する反対尋問の機会を、自己の責に帰すべき行為に依り失なつたものであるのみならず、弁護人はその証人尋問に立会い、被告人のためにその証人を尋問しているのであるから、被告人の反対尋問権は、弁護人に依つて行使されているものということができるのであつて、被告人自身が退廷を命ぜられて証人尋問の機会を与えられなかつたとしても法廷の秩序維持のためには、已むを得ないところであり、これを目して憲法第三十七条第二項、刑事訴訟法第三百四条、刑事訴訟規則第二百三条に違反するものと認めることはできない。このことは、刑事訴訟法上被告人が法廷における秩序維持のため、裁判長から退廷を命ぜられた場合には被告人の陳述を聴かないで判決することができるものとしている同法第三百四十一条の規定の存することによつても肯定しなければならないのである。所論のように刑事訴訟規則第二百二条が、憲法第三十七条第二項の規定を考慮し、旧刑事訴訟法第三百三十九条と異なり、証人等が特定の傍聴人の面前で充分な供述をすることができないと思料するときは、その傍聴人を退廷させることができる旨を規定するにとどまり、証人等が被告人の面前で充分な供述をすることができないと思料するときに、被告人を退廷することができるものとしていないとしても、刑事訴訟規則第二百二条、旧刑事訴訟法第三百三十九条の規定は、証人等が、被告人又は特定の傍聴人の面前では、情実又は恐怖等に依つて充分な供述をすることができないと思料する場合の規定であるから、刑事訴訟規則第二百二条が被告人を退廷させることができる旨を規定していないことは、必ずしも、証人尋問中には、法廷における秩序維持の必要があつても被告人を退廷させることができないものと解する根拠とならない。しからば、原判決が証人鈴木基三の原審公判廷における供述を判示事実の認定の証拠に援用していても、所論のように法令に違背したものではないから、論旨は理由がない。
(その他の判決理由は省略する。)
(裁判長判事 近藤隆蔵 判事 吉田作徳 判事 山岸薫一)
控訴趣意
第一点本件ハ憲法第三十七条第二項ノ違反デアル同条第二項ハ刑事被告人ハスベテノ証人ニ対シ審問スル機会ヲ充分ニ与ヘラレ又公費デ自己ノ為ニ強制的手続ニヨリ証人ヲ求メル権利ヲ有スル裁判長ガ訴訟関係人ニ対シ充分ナル反対尋問ノ機会ヲ与ヘナケレバナラナイコト(規二〇三)尋問ニ支障ヲ来ス虞アル傍聴人ヲ退廷サセ得ルコト(規二〇二)ガソレゾレ明文デ規定サレテイルコトデアル。然レドモ証人ガ被告人ノ面前デ充分ナ供述ヲスルコトガ出来ナイト思料サレル時其ノ間被告人ヲ退廷サセル事ガ出来ルカ旧法デハ三百三十九条ヲ以テ此レヲ認メテヰタガ新法デハ認メラレテヰナイ(規二〇二)。刑事訴訟法第三百四条ハ訴訟関係人ノ尋問ノ機会ヲ充分ニ与ヘタノデアル、本件ニツイテハ此レヲ見ルニ昭和二十六年十二月一日ノ公判調書ニヨレバ裁判長ハ証人鈴木基三ヲ尋問スルニ対シ被告ヲ退廷セシメ尋問シタルコトハ記録上明白デアル而シテ共ノ供述ヲ終リタル後被告人ヲ入廷セシメタルモ被告人ニ右証人ノ供述ノ要旨ヲ告ゲズ又右証人ニ対シ尋問スル事アルヤ否ヤヲ尋ネタルコト無キハ刑事訴訟法三百四条ノ訴訟関係人ノ尋問ノ機会ヲ与ヘズ引イテハ憲法第三十七条第二項ノ刑事被告人ハスベテノ証人ニ対シ審問スル機会ヲ充分ニ与ヘラル権利ヲ喪失セシメタモノデ憲法違反デアル然モ右証人鈴木基三及ビ同ジク斎藤今朝夫ノ証言ヲ証拠トシテ採用シテイルコトハ原審判決ノ理由ニ依テ明白デアルカラ其ノ手続違背ハ判決ニ影響ヲ及スコト明白デアルカラ原審判決ハ破棄ヲ免レナイ。
(その他の控訴趣意は省略する。)